個人事業主の債務整理|事業の借入と生活の借金を分けて考える
個人事業主の借金は、事業のために借りたものも生活のために借りたものも、法律の上ではどちらも「本人の借金」です。債務整理では、まず借金を事業資金の借入・取引先への買掛金・税金と社会保険料・生活の借金の4つに分け、手続きごとにどれが減り、どれが残るかを確かめます。事業を続けたい人は、取引先を外せる任意整理か、事業収入で返す計画を立てる個人再生(小規模個人再生)が候補になりやすく、税金はどの手続きでも別に役所と相談する、というのが全体の形です。
借金を4つに分けて、手続きごとの扱いを見る
会社(法人)と違い、個人事業主には「事業の財布」と「家計の財布」を分ける法律上の線がありません。そのため、自分で表に分けて見ることが、手続きを選ぶ出発点になります。
| 借金の種類 | 例 | 任意整理 | 個人再生 | 自己破産 |
|---|---|---|---|---|
| 事業資金の借入 | 銀行・ノンバンクの事業ローン、事業に使ったカードローン | 交渉の対象にできる | 対象。計画に沿って減額後の額を返す | 対象。免責されれば返済の責任を免れる |
| 取引先への買掛金・外注費 | 仕入先・外注先への未払い | 外すことができる | 対象(取引先も債権者になる) | 対象(取引先も債権者になる) |
| 税金・社会保険料 | 所得税・消費税・住民税・国保・国民年金 | 対象外(役所と相談) | 減額されず、手続きの外で払う | 免責されない |
| 生活の借金 | カードのリボ、消費者金融、家族からの借金 | 交渉の対象にできる | 対象 | 対象 |
税金が個人再生で減らないのは、国税が「すべての公課その他の債権に先だつて徴収する」とされ(国税徴収法8条)、民事再生法の「一般優先債権」として再生手続によらずに払うものとされているためです(民事再生法122条)。自己破産でも、租税等の請求権は免責されません(破産法253条1項1号)。
事業ローンに家族や知人の保証人がついている場合や、事業用の不動産に抵当権がついている場合は、手続きを選ぶ前に確かめておく点があります。自己破産の免責も、個人再生の再生計画も、保証人への請求には影響せず(破産法253条2項、民事再生法177条2項)、抵当権などの担保も手続きでは消えません。本人が手続きに入れば、債権者が保証人に請求したり担保を実行したりする流れになるため、保証人になっている人には先に事情を伝えておきます。任意整理でその借入を外す、という選び方もあります。
従業員を雇っている人は、未払いの給料にも注意が要ります。雇用関係で生じた給料などの債権には一般の先取特権があり(民法306条2号・308条)、個人再生では一般優先債権として扱われ、自己破産では使用人の請求権として免責されないものに含まれます(破産法253条1項5号)。
事業を続けながら選びやすい手続き
任意整理 裁判所を使わず、交渉する相手を選べる手続きです。取引先への買掛金や事業に欠かせないリース・ローンを外し、カードローンや消費者金融だけを整理する形が取れます。仕入れや取引の関係を保ちたい人には、この「外せる」ことが大きな意味を持ちます。一部だけを整理するときの考え方は債務整理は一部のみ選べる?手続き別に対象から外せる借金の範囲を参照してください。
個人再生(小規模個人再生) 将来も継続的に、または反復して収入を得る見込みがあり、住宅ローンなどを除く借金の総額が5,000万円以下の個人が使えます(民事再生法221条1項)。事業収入はこの「継続的又は反復して」得る収入に当たりうるので、事業を続けて、その売上から計画どおりに返す設計になります。注意点は、借金の額だけでなく、財産の価値(清算価値)も返す額の下限に関わることと、債権者の書面決議があることです。不同意の債権者が頭数の半数以上、または額の2分の1を超えると手続きが廃止になります(230条6項・237条1項)。事業資金を大きく借りている金融機関が1社あると、その会社の意向が結果に響く構造です。
取引先への少額の買掛金は、再生手続の開始後は原則として払えませんが(85条1項)、少額の債権を先に払わないと事業の継続に著しい支障が出るときなどは、申立てにより裁判所が認可前の弁済を許可できる定めがあります(85条5項)。使えるかどうかは裁判所の判断なので、取引先に払い続けたい人は、申立ての前に依頼先へ取引先の一覧と金額を渡して相談します。
特定調停 特定調停法は、対象となる人に「事業の継続に支障を来すことなく弁済期にある債務を弁済することが困難」な人を含めています(2条1項)。簡易裁判所で債権者と返済方法を話し合う手続きで、相手方を決めて申し立てます。
自己破産 破産すると事業ができなくなる、という定めは破産法にはありません。ただし、手続きが始まった時点の財産は原則として破産財団に入り(破産法34条1項)、事業の財産も調べられます。許認可や資格が必要な事業は、その事業を定める法律に欠格の定めがないかを、開業の根拠法で確かめます。事業を続けられるかは、何を元手に事業をしているかで大きく変わるため、個人事業主の自己破産|事業を続けられるかと売掛金・道具の扱いで個別に扱います。
売掛金・仕事の道具・在庫は手続き別にどうなるか
事業の財産は、手続きによって扱いがまったく違います。
| 財産 | 任意整理 | 個人再生 | 自己破産 |
|---|---|---|---|
| 売掛金(入金待ちの代金) | 影響しない | 手元に残るが、財産として清算価値に数える | 開始時点の売掛金は破産財団に入る |
| 仕事の道具・機械 | 影響しない | 手元に残るが、価値は清算価値に数える | 業務に欠かせない器具は差押禁止財産として残る可能性 |
| 在庫(商品) | 影響しない | 手元に残るが、価値は清算価値に数える | 商品は差押禁止の器具に含まれない |
| 事業用の預金口座 | 整理する銀行に口座があると影響しうる | 同左 | 開始時点の預金は破産財団に入る |
自己破産で残る道具の根拠は、民事執行法131条6号です。技術者・職人など主に自分の知的・肉体的な労働で仕事をする人の「業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く)」は差押禁止で、差押禁止財産は破産財団に属しません(破産法34条3項2号)。どの道具が「欠くことができない」に当たるかは、裁判所や管財人が個別に判断します。
個人再生では財産を手放さずに済みますが、財産を処分した場合の価値(清算価値)を下回る返済計画は認められません(民事再生法174条2項4号、231条1項)。売掛金や在庫、機械が多い事業では、その分だけ返す総額が増えます。仕組みは個人再生の清算価値とは?財産が多いと返済額が増える仕組みで確かめてください。
銀行から事業資金を借りていて、同じ銀行に売上の入金口座がある場合は、手続きの前に入金先をどうするかを依頼先と決めておきます。口座の扱いは債務整理で口座凍結される?凍結の理由と手続きの前にやることで扱います。
- 左の列:借金(事業資金の借入/買掛金/税金・社会保険料/生活の借金)
- 右の列:財産(売掛金/道具・機械/在庫/預金)
- 線でつなぐ:任意整理は「選んだ借金だけ」、個人再生・自己破産は「借金すべて」と「財産すべて」が調べられる
- 税金・社会保険料の欄には「役所と別に相談」の印
税金・社会保険料の滞納があるとき
税金の滞納は、債務整理とは別の道で解決を探します。国税には次の2つの猶予があります。
- 納税の猶予:事業を廃止・休止した、事業で著しい損失を受けたなどの理由で一時に納付できないとき、申請により1年以内の猶予を受けられることがあり、分割納付もできます(国税通則法46条2項・4項)。担保は猶予する額に相当する分が求められますが、猶予額が100万円以下のとき、期間が3か月以内のとき、担保を出せない特別の事情があるときのどれかに当たれば不要です(同条5項)。
- 申請による換価の猶予:一時に納付すると事業の継続や生活の維持が困難になるおそれがあり、納税に誠実な意思があるとき、納期限から6か月以内の申請で、差し押さえた財産の売却などの猶予を受けられる制度です。ほかに滞納している国税がないことが条件です(国税徴収法151条の2)。
国税庁のリーフレットは、相談先を所轄の税務署の徴収担当としています。住民税や国民健康保険料は市区町村の窓口です。申請の材料と流れは税金を滞納しそうなとき|納税の猶予の条件と申請・分割の考え方にまとめています。
債務整理で借金の返済額が下がれば、そのぶん税金の分割に回せる額が増える、という順番で考えると、役所と依頼先の両方に同じ数字で説明できます。
相談の前にそろえる事業の資料
個人事業主の相談では、会社員の相談より多くの資料を求められます。手元にそろえておくと、どの手続きが合うかの話が早く進みます。
- 確定申告書の控え(直近の年から順に。収入の安定性を見る材料)
- 帳簿、または月ごとの売上と経費のメモ
- 売掛金の一覧(取引先・金額・入金予定日)
- 買掛金・外注費の未払いの一覧
- 事業用と個人用の通帳
- リース契約書・事業ローンの契約書
- 税金・社会保険料の督促状や納付書
- 従業員の有無と、未払いの給料があればその額
相談のときの伝え方の例:「飲食店を個人で営んでいます。事業ローン2社とカードローン3社があり、所得税と国保の滞納もあります。仕入先への支払いは止めずに店を続けたいので、取引先を外せるか、個人再生ならどうなるかを比べたいです。」
依頼先は、収入の見込み・財産の価値・借金の内訳を見て手続きを提案します。事業を続けるか畳むかは本人が決めることですが、その判断に必要な「手続きごとに何が残り、何が減るか」は、上の表と資料で先に整理しておけます。
よくある質問
Q. 屋号の口座の借入と、個人名義のカードローンは別々に整理できますか?
個人事業主は、屋号で借りた事業資金も個人名義の借金も、法律上は同じ「本人の借金」です。任意整理なら交渉する相手を選べますが、個人再生・自己破産では名義や用途にかかわらず全部の借金が対象になります。
Q. 個人事業主は給与所得者等再生を使えますか?
給与所得者等再生は、給与かそれに類する定期的な収入があり、額の変動の幅が小さい人のための手続きです(民事再生法239条1項)。売上が月ごとに変わる事業収入の人は、小規模個人再生を前提に考えることが多く、どちらに当たるかは依頼先が収入の資料を見て判断します。
Q. 取引先に債務整理のことを知られずに済みますか?
任意整理で取引先への買掛金を外せば、取引先に通知が行く手続きはありません。個人再生・自己破産では取引先も債権者として裁判所から通知を受ける立場になるため、伝え方と時期を依頼先と相談しておきます。
出典・参考にした公的な情報
- 破産法(第34条・第253条第1項・第2項)(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 民事再生法(第21条・第85条・第122条・第174条・第177条・第221条・第230条・第239条)(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 民事執行法(第131条)(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律(第2条)(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 国税徴収法(第8条・第151条の2)(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 国税通則法(第46条)(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 民法(第306条・第308条)(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 国税を一時に納付できない方のために猶予制度があります(リーフレット)(国税庁)
出典の確認日:2026-10-24。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。